2010年が明けました。
息子達は遠いし、隣に住んでいる娘がつむじを曲げたままでの年越しはこれまでにないほど妙な雰囲気でした。 大晦日夕方 突然食料品が何もないことに気づいて買い物はへ。 ハーストビルの小さな中国人食料品店を出ると「baba~」という声が聞こえる。 いよいよ幻聴が聞こえるようになったか、、、ととぼとぼ歩き続けるとまた「baba~~!」 声のほうを見ると娘家族の大きな車。
ジョナちゃんが「Will you have dinner with us?」
たった一人で大晦日の食事をと思っていた私をまたまたジョナちゃんが救ってくれました。
年越しをお誘いくださった方もいらしたのですが、私は新しい年を越えるときだけは 静かに荘厳にすごすのが好きなのです。 もちろんNHKを見られるようになってからは紅白歌合戦を視聴しますが、5、4、3、2、0、新年!!の一瞬 聖歌の「今新しき年のはじめに・・・」 を歌い 古い祈祷書を使って新年祈祷をします。過ぎた年の恵を感謝し、新しい年の加護と導きを祈る。
もし私に信仰がなければ、、としみじみ思う。
聖歌「いつくしみ深き。。」の中にあるように 「世の友我を捨て去る時も 祈りに応えて慰めたもう」 と感じることができるのだから。。
「もう日本に帰ろう」
この数週間のファミリートラブルからついに出た結論。どうやって?は皆目検討もつかないけれど意志あるところに道あり、かって三人も子供と借金を残して夫が去った時のことを思えば何でも出来るじゃないか。
さて年明けた元日 ジョナちゃんの行為に応えて お雑煮やささやかなお煮しめなどを我が家で食べられるように用意していました。 なお 娘夫婦の拒絶感は激しかったのですが、、
朝のうち出かけた娘達の車が帰ってきたので訪ねるとルカちゃんが激しい首の痛みで泣き叫ぶのです。尋常ではないと娘達はルカちゃんを連れて病院へ。
本当に人生何が起こるかわからない。 幸いルカちゃんは心配した脳膜炎による首の痛みではなく首の筋肉が裂けたことによる痛みでした。痛みは激しいけど自然に治癒するということでようやく安堵。
その夜、痛み止めを買いに走る娘を止めてゆっくり話のできる機会を持ちました。
少しでも理解しあえないかと。。。
娘の見地からすると、、
私は娘達の家族の中で6人家族と考えるほど私をFamilyとして考えていたのだから 娘の家族の必要性を最優先するべきだというものでした。
私は子供のお守りなら人に代わってもらえるけど祖父母の日は他の人代わってもらえないのだから オードリー(長男の娘)のために譲ってもらいたかった。それを理解してもらえると考えていたと言いましたが 接点は見つけられず話し合いは決裂。
ところが昨日の日曜日ジョナちゃんが私にどうしてもコロッケを作ってもらいたいというのでコロッケを作って持っていくつもりだったのが、我が家に来ることになり一家揃っての来訪を受けました。
キンキンした娘の刺もどこか和らいでいます。 私は頑固すぎるくらい自分の見解は曲げず 決裂したはずなのですが、????何故?
でも人から憎しまれているストレスは激しく、このままだと近々癌だ!と感じていた私はうれしくって恐る恐る親しさを増しています。
我が母娘関係を見ている人たちは 私を「意気地ない」と批判しますが、母親は娘に意地を張ることは何もないと思っています。 私は何一つ妥協はしていないのですから。。
それに聖書の中には七の七十倍人を許すようにといわれています。
まあ兎に角、これでしばらくあの険悪な状況は避けられそう。
そして「日本に帰る」という決意も変わったわけでは在りません。
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