今日マリアテレサの映画「テレサ」をDVDで見ました。
マリアテレサがどんな働きをしたかは知っていながら 終始、涙がポロポロ。 私は決して涙もろい性質ではないのですが、、
弱者、被抑圧者貧しい子供達のことは知るたびに胸の痛みを感じますが、私はテレサのようにはなれず、またテレサに従うような生き方も出来ません。ただ自分の無力を感じます。
1988年、オーストラリア建国の折、オーストラリアの原住民アボリジニーの反政府運動を支持するために世界から原住民が集まりました。 私は縁があってその運動に参加しましたが、その時もやはり自分の無力を感じました。
胸に痛みを覚えるが、私には何も出来ないという私の嘆きに インド人のラジールは
「何も出来なくていい。私たちのために胸を痛めてくれる人が一人でもいればいい。」と慰めてくれました。
私に出来ること、ひそかに祈ること。
「テレサ」の映画の中でも マザーテレサはイギリス人のアンナに「祈ってください。貴方の祈りが必要なのです」といっています。
世界の悲しみのために祈ることを 新たに思う一日でした。
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